コラム
-光市母子殺害事件-
この事件の凄惨さに驚いた。
それ以上に驚いたのが被告人である少年が一審の無期懲役判決後に知人へ宛てた手紙の内容・・・
-加害者(福田孝行)の獄中書簡より-
すべて日テレ「ニュース・プラス1」より引用。
『誰が許し、誰が私を裁くのか・・・。そんな人物はこの世にはいないのだ。
神に成り代わりし、法廷の守護者達・・・裁判官、サツ、弁護士、検事達・・・。
私を裁ける物は、この世にはおらず・・・。二人は帰ってこないのだから・・・。
法廷に出てきてほしいものだ・・・何が神だろう・・・
サタン!ミカエル!ベリアル!ガブリエル!ただの馬鹿の集まりよ!』
ドストエフスキー『罪と罰』を引用し、
『選ばれし人間は人類のため社会道徳を踏み外し、悪さをする権利がある』
(死刑判決を免れ無期懲役判決が下ったとき)
『勝ったと言うべきか負けたと言うべきか?何か心に残るこのモヤ付き・・・。
イヤね、つい相手のことを考えてしまってね・・・
昔から傷をつけては逃げ勝っている・・・。
まぁ兎に角だ。二週間後に検事のほぅが控訴しなければ終わるよ。
長かったな・・・友と別れ、また出会い、またわかれ・・・(中略)
心はブルー、外見はハッピー、しかも今はロン毛もハゲチャビン!マジよ!』
(本村氏に対して)
『ま、しゃーないですね今更。被害者さんのことですやろ?知ってます。
ありゃー調子付いてると僕もね、思うとりました。・・・でも記事にして、
ちーとでも、気分が晴れてくれるんなら好きにしてやりたいし』
『知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。本村さんは出すぎてしまった。
私よりかしこい。だが、もぅ勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。
ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、
私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君』
『オイラは、一人の弁ちゃんで、
最後まで罪が重くて「死」が近くても「信じる」心をもって、行く。
そして、勝って修行、出て頭を下げる。
そして晴れて「人間」さ。オレの野望は小説家。へへ』
『犬がある日かわいい犬と出合った。・・・
そのまま「やっちゃった」、・・・これは罪でしょぅか』
『五年+仮で8年は行くよ。
どっちにしてもオレ自身、刑務所のげんじょーにきょうみあるし、速く出たくもない。
キタナイ外へ出る時は、完全究極体で出たい。
じゃないと二度目のぎせい者が出るかも』
(面会に来た友人に対して、カミュの『異邦人』の主人公・ムルソーの事を)
『もろ俺ジャン!』
とぅれしげに語った。
そして更に驚いたのがその被告人の弁護側の主張。
〜安田弁護士の主張〜
-母子殺害は計画的では無かった -
・母親の殺害について
被告は思春期に母親の自殺を目撃しており、母親に甘えたい気持ちから被害者女性に抱きついたところ、大声を出されたので口をふさいだ。しかし手がずれ込んでしまい、首が締まり女性を死に至らしめてしまった。これは今の日本の法律では傷害致死にあたる。犯行の際に水道屋の格好したのはママゴト遊びの一環であり犯行に計画性はない。
・母親の屍姦について
その後少年が母親の死体に性的行為を行った件については、相手がすでに死んだ後に行っているので強姦罪には当たらない。性行為は被害者の生命を救うための魔術的な儀式であり被告は精子が人間を復活させると信じていた
・赤ん坊の殺害について
赤ん坊を床に叩きつけたのはママゴト遊びのつもりだった。赤ん坊を泣き止ませようと、首にちょうちょ結びをした所、きつく締まり過ぎてしまい、赤ん坊は死んでしまった。これも傷害致死にあたる。
・被告の責任能力について
被告は精神の発達が遅れており、その精神年齢は12歳程度である。
以上、-安田好弘-Wikipediaより
これは推測ではあるが、ブログや某掲示板で上告審で主任弁護人になった安田好弘氏、そして彼が率いる弁護団21人は死刑反対派で「今回の弁護を利用してるのでは?」と言われている。
これらが事実なら大問題である。
被告人が被告人ならそれを弁護する弁護団もいったい何を考えてるのか?
これらの手紙や主張は犠牲者と遺族への侮辱であり、弁護側の主張は法廷への侮辱ではないのだろうか?被告人がどんな凶悪犯でも弁護するのが弁護士の仕事なのは解るがこのような主張が認められるわけも無く、被害者や遺族に対してどのように思っているのか聞いてみたい。まして死刑反対のために裁判を利用してるのであれば、それこそ法廷への侮辱としか言いようが無い。
死刑反対論の中に「もし冤罪であった場合、懲役とは違い、一旦生命を失えば取り返しがつかない。財産や自由を失うことに比べて、命を失うことはそれ以上に取り返しがつかない。全部同じだと言うなら、殺人を特別に重く罰する理由がないことになる。」とある。
冤罪であった場合の死刑は確かに怖い。しかしだからといって死刑反対の為に裁判を利用していいわけではない。被告人の人権を擁護するのもいいが被害者家族のことも同時に考えるべきなのでは?
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本村さんの姿をテレビで見るたびに涙が流れます....
本村さんも被告人に死刑が求刑されても最愛の2人がもどってこないので今の気持ちとなんの変わりもないと思う。
被告人が自分のした事を本当に悔いているのならば又ちがうのだろうが、知人に出した手紙ではそれもないようだ。
本村さんがんばって!!
あなたは本当にすばらしい人です。
負けないで下さい、応援しています。
どっちが正しいんでしょうか。

